「ヴァルクホートの火薬使い! 契約の下、我が前に!」
町の広場に、爆風が吹き荒れた。
人々の悲鳴が、町に木霊する。
「はははははッ! 逃げ惑え、愚民共ーッ!!」
悪魔は、それは楽しそうに、楽しそうにわらった。
騎士と悪魔と茶番劇
「ここを通す訳にはいかない! 危ないから、引き返すんだ!」
町の門前に立ちはだかる二人の門番は、そう言って聞かなかった。
もう、何度同じやりとりを繰り返しただろう。リカルドは心中で嘆息した。自分は、今この町にいるらしい人物と会わなければならないというのに。それにしても、いったい何が危ないというのだろう。そう尋ねてみると、門番たちの口は急に重くなる。不審だ。
しかし、ここで大人しく引き下がる訳にはいかなかった。
「ご忠告、ありがとうございます。そして、ごめんなさい」
リカルドは、心中で無関係な門番に謝り倒しながら、手にしていた杖を振りかざした。
リカルドが町に入ると、そこは大混乱の最中だった。大通りを町の中心に向かい進むリカルドは、町の出口へ逃げ惑う人々と何度もすれ違った。何が起こっているんだ。リカルドは、騒ぎの中心地へと駆けた。
火柱が、町の中心から天へと立ち昇った。
町の中央の広場では、騒ぎの元凶が高笑いを上げていた。
「テイルラントの風使い! 契約の下、我が前に!」
男が叫ぶと、今度はつむじ風が巻き起こる。人々は、いっそう大きな悲鳴を上げた。リカルドは逃げ惑う人々の群を器用にかわして、その男に近づいた。間違いない、ヤツだ。
「悪事はそこまでです」
リカルドが声を上げると、男は高笑いを止めて振り向くと、にやりと笑った。
「なに、お前さんもこの町の人間? だったら空気読んで、仲間と一緒に悲鳴上げて逃げ出してくれると俺、助かっちゃうんだけど」
「…何故、こんなことを」
問うリカルドに、男は一瞬不思議そうな顔をして、そして再び笑い出した。
「何故だ? そんなこたあ自分の胸に聞いてみろよ」
何を言っているんだ、この悪人は。男の小馬鹿にしたような態度に不快感は募る一方だが、リカルドは務めて冷静に忠告を発した。
「…おとなしく攻撃を止めて、縄につきなさい。さもなくば、怪我をしますよ」
対する男の答えは、簡潔だった。
「やだ」
嫌だ。とはおそらく、攻撃を止める事も、捕まる事も、怪我させられる事も、ということだろう。もとより期待はしていなかったが、どうやら平和的解決は望めそうも無いらしい。
「そうですか。残念です」
言葉の上だけで遺憾の意を表すると、リカルドは迷い無く、男に向かって駆けた。正直なところ、この男だけは、前から一度叩きのめしておきたかった。
驚いたのは男の方だ。まさか一言で会話を放棄して攻撃をしかけてくるとは思っていなかった。男はリカルドに覚えはなかったが、真面目そうな青年に見えたので、しばらくは交渉を続けてくるだろうと思っていたのだが。
「残念です。じゃねえだろう! お前、どう考えても最初っから殴る気じゃねえかッ!?」
その通りですが、それが何か? とはもはや口にもせず、リカルドは男と間合いを詰める。構えた獲物は…
「斧槍(ハルバード)!? 物騒なモン持ち出しやがって…ッ! い、今の俺の手札じゃ勝ち目がねえ…ッ」
男は狼狽した。しかし、このまま背中を見せれば、確実に殺られる。男の直感がそう告げた。あの目は獲物を仕留めようとする猛禽の目だ。なんとかして逃げるしかない、男は革の鞄から紙束を取り出し、叫んだ。
「リーンウェイルの幻術士! 契約の下、我が前にッ!」
瞬間、あたり一帯を濃霧が覆った。一面を埋め尽くす白の中で、男は安堵した。これで相手は視界が利かないはずだ。この隙に逃げ出そう。そう考え、男が動いた瞬間…
「逃がしません」
今まで男の体があった場所を、鋭い刃が貫いた。
「おおおおおッ!!? ちょ、おま、殺す気かッ!?」
男は恐怖で竦みあがりながら吼えた。霧の向こうから、ちっと短く舌打ちが聞こえた。
「殺しはしません。峰打ちです」
「どこが峰よ!?」
しかも打ってすらねえよ! 抗議の声が上がる方向を、リカルドは呆れた目で見た。くだらない会話を続けて、逃げ出す暇を与えてやる訳にはいかない。男へ向け、斧槍の穂先を突きつける。
「観念なさい」
対する男の答えは、簡潔だった。
「やだ」
気絶させるしかないか。リカルドが獲物を振り下ろすより一瞬早く、男が叫んだ。
「来い! 最果ての森の霊獣ッ!!」
リカルドと男の間に現れた純白の小型の竜は、リカルドを突き飛ばし、男を乗せて飛び去った。
「た…助かった…」
男は全身の力を抜いて、竜の背に倒れこんだ。触れた背から、駆け足の鼓動が伝わる。しかも若干、震えている。男は懐の紙を見た、先程、竜を呼び出した際に使った紙だ。紙には竜の情報が記されていた。備考欄には『気弱』と殴り書きがあった。男は苦笑して、実はとても優しく気弱な竜の背を、やさしく撫でた。
「ありがとな。怖かっただろ………俺も、怖かった…」
はーっと息を吐き、懐から煙草の箱を取り出した男の手を、竜の尾がぱしりと叩いた。
「なに、禁煙? ちくしょう、最近はどこ行っても愛煙家に居場所とかねえのな…」
「また、逃げられた…」
斧槍を杖に起き上がりながら、リカルドは嘆息した。いったい、これで何度目だ。やっと居場所を掴んで、追い詰めたというのに。また振り出しか。
リカルドは重い気分のまま、霧の晴れはじめた周囲を見回した。逃げ惑う人々の姿は既に無く、町はところどころ焼け焦げ、崩れた広場の一部を除いては、驚くほど美しい外見のまま、人ひとりいない廃墟と化していた。
犯人は、現場に戻るものだ。昔、好んで読んでいた小説の探偵が、よくそんなことを言っていた。
翌朝、あの町の無人となった宿の一室で、気持ちよさそうに眠る”犯人”を見下ろしながら、リカルドはそんなことを思い出していた。やはり、遠くに逃げたフリをして町に潜んでいたか…いや、まったく潜んではいないが。とりあえず、手に持っていた杖で、無造作に布団の塊を突いてみる。
「ぐはッ」
改心の一撃。そんな手ごたえだった。布団の塊はしばらく何やら悶えていたが、やがてもぞもぞと寝ぼけた顔が出てきた。
「……………お前、誰?」
リカルドは嘆息した。
「昨日も会ったでしょう」
男は首を傾げる。
「…悪いが、記憶にねえな」
「”記憶がない”でしょう」
男は驚いたようにリカルドを見た。
「……なるほど? 確かに、知り合いらしいな」
この男は、会うたびに記憶を失くすらしい。その事にリカルドが気づいたのは、何度目に出会ったときの事だったか。とにかく、この男の性質は嫌という程よく分かっていた。だから、リカルドはもう何度目になるか分からない「初対面」を迎えていた。
「それで、貴方はなぜ、あんなことをしたんですか」
「あんなことって、何?」
聞いても仕方が無いと分かっていても、リカルドは問わずにはいられなかった。案の定、疑問だけが帰ってくる。ああ、じれったい。
「っていうか、何も覚えてねえんだって。まず、お前誰よ?」
リカルドは再び嘆息した。この茶番を、自分は何度繰り返しただろう。
「…イスファリア教国の騎士、リカルド=チャンドラーです」
リカルド、リカルド…男は無駄に思い出そうとしている。どうせ、何も覚えてやいないだろうに。やがて、うんと何か納得したように頷いて、言った。
「まったく覚えてねえ。えーっと、とりあえず、リカちゃんな」
「妙な呼び方しないでください。リカルドです」
こんなやりとりまで毎回同じとは。いい加減、怒りも募ってくるというものだ。
「で、俺は」
律儀にも自己紹介をはじめようとする男の言葉を、リカルドは無理やり遮った。
「社長さん、でしょう。自称、人材派遣会社社長。という名の召喚士。意思疎通のできる相手と契約を交わし、仕事として呼び出して使役する。そのかわり、相応の対価を支払う。違いますか?」
社長、と呼ばれた男は、唖然とした顔で固まっていた。そうだろう。自分が言おうとした事を、そのまま言い当てられたのだから。リカルドにしてみれば、聞き飽きた自己紹介を一字一句言い当てるくらいは造作もなかった。そのことが、余計に腹立たしく思える。
「……その騎士さまが、俺になんの用?」
リカルドはふ、と笑った。この馬鹿馬鹿しい茶番を、やっと終えることができるのか。
「社長さん。貴方を、イスファリア教国導師殺害の罪で拘束します。我が国で、罪を償いなさい」
「え」
「ああ、社長さん! ここにおられましたか!」
乱入者は、突然現れた。壮年の男性だ。
『あ、昨日の』
リカルドとその男性の声が、見事に一致した。間違いない。昨日リカルドが殴り倒した、門番のひとりだ。
「えっと、だれ?」
やはり事態が飲み込めない社長が問う。何も覚えていないのだから、この男にとっては全ての人間が「誰?」なのだが。そうとは知らないだろう男性は、再び社長に向き直ると、溢れんばかりの笑顔でまくしたてはじめた。
「何をおっしゃいますか。今回、貴方にお仕事の依頼をした、この町の町長ですよ。この度は、私たちの町をお救いいただき、まことにありがとうございました!」
社長とリカルドは、顔を見合わせた。はて、いったい何を言っているんだ。
「夜盗の一団に町を…すべてを奪われ、森に身を潜めて生き延びていた私たちを、貴方は助けてくださった。貴方のおかげで、逃げ出したヤツらを、町の外で待ち構えていた我らで捕らえることができました。もうしばらく経てば、皆町に戻ってくることでしょう。やっと、取り戻すことができたのです、私たちの町を! ああ、本当によかった!! 少々、宝飾店が荒らされておりましたが、他はみな元通りです。すべて、貴方のおかげだ! お礼の品はここに置いておきますので、社長さんはゆっくりお休みください!」
一方的に、それはもう上機嫌に語るだけ語って、町長であるらしい男は、嵐のように部屋を去った。廊下から、今夜は宴だ! という宣言が聞こえてくる。
「え、なに? マジで? 俺すげー」
人事のように感心している社長。しかし、リカルドは逆に血の気の引く思いだった。
「わ、私は、なんということを…ッ!?」
この際、とんだ冤罪で社長を成敗しかけた事など、どうでもいい。今すぐ追いかけて、あの町長に昨日の事を謝らなければ。そのためにも、はやく仕事を片付けよう。リカルドは決意も新たに社長へと向き直る。と…
「ん? んん?? なんだこれ?」
社長が、なにやら自分の革鞄を漁っている。と…
どさり。
大量の宝飾類が、鞄から転がり出た。
『あ』
思わず、顔を見合わせる。
「貴方という人は…ッ!」
「あはははは………来い! 最果ての森の霊獣!!!」
ガッシャーン。
宿の窓が砕け散り、白い子竜に乗った人影が、遠くの空へと消えていった。