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 気がつくと、おおきな木箱に梱包されていた。
 
 しかも、箱はどうやら「出荷済み」らしく、がたごと揺れる小さな世界は、今が「発送中」であることを物語っていた。
 
「…うわあ、なんだろコレ…昨日の顛末が想像つかねえってのは、流石に新しいな…」
 
 手足は縄で縛られていて、出来ることはといえば、首を動かすことくらいだ。途方に暮れて空を仰ごうにも、見上げた先には木の壁があるのみだ。無常にも、箱の上にはしっかりと蓋がされていた。唯一、蓋の隙間から射し込む陽の光だけが暖かかった。
 
「お、おはよーございまーす…?」
 
 反応、なし。
 
「外に誰かいねえの? いるんだろ?」
 
 またしても、反応なし。
 
「おーい。箱の外の誰かさんよ。人助けだと思って、教えてくれねえかな? 俺、昨日の記憶、ないのよ。だから、ここが何処だとか、今が何時だとか、なんでこんな事になっちゃってんのとか、お前が誰だとか、教えてくれると助かるんだけど」
 
 返事なし。箱はがたごと動くばかり。
 
「なあ、運び屋さん? いるんだろ、おはなししようぜ! 大声でひとりごと言ってるみてえですげー寂しいのよコレ。あ、俺のことは気軽に『社長』って呼んでね。召喚術使った派遣会社の社長やってんの。個人経営だけど。ちなみに、好きなバストのサイズはオールサイズ! 以上、何か質問は? ねえの? ノリ悪ぃなあ…まあ、これも何かの縁だと思って仲良く」
 
「しません」
 
 
 
  ハコニハ、
 
 
 
「俺が『人殺しの凶悪犯』だって!?」
 
「はい」
 
 箱の外にいた男は、リカルドと名乗った。彼は『人殺しの凶悪犯』を追う旅をしていて、今はちょうどその『凶悪犯』を捕まえたので、逃げ出さないように箱に詰めて輸送中。ちなみに今日で二日目。ということらしい。
 
「冗談。人違いだって! 俺はまあ…ちょっと嘘ついちゃったこととか……えーと…無断でいろいろ拝借しちゃったこととか…………無くはねえが…」
 
「詐欺、窃盗…余罪が増える一方ですが」
 
「だけどな! 人殺しなんてやってねえよ! 俺にできるワケがねえ!」
 
 箱の外から重い溜息と、続いてうんざりとした様子の声が応えた。
 
「記憶のない貴方に自白を求めるだけ、無駄なことでしょう。貴方の容疑が晴れるまでは、身柄を拘束させてもらいます」
 
 それきり、話は仕舞いだとばかりに打ち切られた。何度も無実を叫んでみたが、返事はない。何度目かの訴えを聞き流された後、社長は説得を一旦諦めて、目的を現状把握へと切り替えた。なにせ、記憶がないのだ。分からないことが多すぎた。
 
「あーあ…狭いし暗いし最悪だー。なんか体あちこちイテェし…この箱詰め生活が二日目ってマジなの? 俺様ともあろうモンが、昨日丸一日、荷物扱いを甘受してたってのか」
 
「………甘受?」
 
 それまで沈黙を通していた箱の外から、低く重い、怨嗟の声が響いた。何か、触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。怨嗟の声は、まるで堤防が決壊したかのように押し寄せた。
 
「してくれていれば、どれほど楽だったか…! 魔物の生け捕りでも、あれ程の苦労はしませんよ。いろいろと理由をつけて逃げ出そうとするに止まらず、箱を打ち破ったり、箱から射出されたり、箱ごと爆発して無傷で逃げ出したりと…ッ! いったい何召喚したらそうなるんですか、何でもありか貴方」
 
「何やっちゃってんの昨日の俺!? つうか、そこまでやって未だここにいる事実に驚きだよ。リカちゃん頑張りすぎだろ。この箱何代目よ…」
 
「妙な呼び方しないでください、リカルドです。…貴方が散々破壊してくれたおかげで、1.25代目ですが」
 
「25回も修繕したのかよ。すげえよリカちゃん大工になれば?」
 
「なりません。…ともかく、昨日の貴方ときたら、まるでマジシャンを箱詰めしたかのようでした」
 
「…そりゃあ、大脱出してくれ、と言わんばかりだな…」
 
 我が事ながら、昨日の顛末が気になって仕方がない。25回の逃亡未遂と逮捕劇は、さぞ滑稽だったことだろう。しかし、それをリカルド自身に語らせるのは、火に油を注ぐことにしかならないだろうなあ。と社長は諦めた。その他に気になることは…
 
「なあ、運び屋さーん。そもそも俺はどういう経緯で集荷されて、どこに向かって発送されてるのよ? それくらい、教えてくれたっていいだろ? このまま閉じ込められてっと、俺不安で泣いちゃうぜ!」
 
 元気に騒ぎ立てる荷物に、誰が不安で泣くような人間か。と心中で吐き捨てつつ、リカルドは答えた。
 
「捕獲の経緯なんて聞きたいんですか? 忘れていた方が、幸せだと思いますよ。…端的に言うと、袋叩き、でしたから」
 
「予想以上の大惨事!?」
 
「…貴方がこの付近の町に向かっているという噂を聞いたので、先回りして貴方の人相書きを、町に張り出したり、不審者マークと名づけて町の子供達に配布してみたりしてみたところ…」
 
「やめて!? そんな人の顔を不審者の代名詞みたいに…ッ! 俺もう顔晒してこの近辺歩けねえじゃねえの!?」
 
「好奇心旺盛な子供達には大好評で、貴方があの町の門をくぐった次の瞬間には、正義に鉄槌を下すべく町の子供という子供が…」
 
「いーやーだーッ! チビッコに罵られる続けるような人生、俺やってけねえええ!?」
 
 どおりで、体があちこち痛む訳だ。むしろ事実を知った今となっては、どちらかというと心が痛い。自分を悪者と罵りながら正義の鉄槌を下す子供達を思い浮かべて、社長は本気で泣きたくなった。何もここまでする必要は、ないんじゃないだろうか。どうやら、運び屋さんは相当自分が憎いらしい。これでは発送先を問うたところで「拘置所」と返ってくるのがオチだ。
 
「…なあ、運び屋さん。俺、どこ宛?」
 
 それでも、気になるものは気になる。社長はおそるおそる伺った。
 
「…どこか深い谷あたりに…」
 
「不法投棄は良くねえと思うなあッ!?」
 
 しまった、つい本音が。そんな呟きが箱の外から漏れ聞こえ、社長の不安をいっそう煽った。どうやら自分の想像はかなり甘かったらしい。相手は思った以上にご機嫌斜めだ。このままでは次は『気がつけば、谷底だった』という事態にされかねない。
 
「なあ、運び屋さん? …もしかして、すんごく怒っていらっしゃる…?」
 
「…荷物は黙って運ばれなさい」
 
「昨日の俺なら黙ってくれたの?」
 
「………」
 
 黙りませんでした。相手の沈黙は、如実にそう物語っていた。
 
 それから、話しかける度に「黙れ」と叱られ、諦めて黙ると「窒息したかと不安になるから、急に黙るな」と叱られた。
 
 俺に、どうしろと。
 
 そう抗議したところ、返ってきた答えは「数でも数えていろ」だった。
 
 
 
 
 
 
「……2834………2835……」
 
 ガタゴト、ガタゴト。揺れる世界に、合わせて数える。
 
「に…2836………2837………283…9?」
 
「2838です」
 
「…ねえ、俺いつからでっかい万歩計になったのよ…」
 
「持ち運びに台車の要る万歩計とは、とんだ不良品ですね」
 
「しかも俺、4ケタ以上数えるの、ムリみたい」
 
「…稀に見る粗悪品ですね」
 
「つうか、もう数えるの飽きちまってさあ。意表を突いて、こっからカウントダウンに入ろうかと」
 
「それは、もはや万歩計ですらないのでは…」
 
「だろ? 役に立たないだろ? だから、はやいとこバラして捨てていってくれねっかなあ!?」
 
「ダメです」
 
 敵は、強敵だ。
 
 
 
 
 
 
 夕日が、影を長く地面に横たえる頃。大きな町の門前で、台車が止まった。
 
「……8955………8956………8957………」
 
 リカルドの予想に反して、あれ程嫌がっていた積荷は、己の使命を忠実に果たしていた。動きを止めた箱の中で、積荷は律儀にも数え続けている。
 
「…もう、いいですよ。逃げ出さないと誓うなら、外に…」
 
 リカルドが箱の蓋を開けると、中には見知らぬ少年がひざを抱えていた。
 
「あれ? もういいの?」
 
 聞こえてくる声は、間違いなくあの社長の声だというのに。
 
「え…ええッ!?」
 
「おしごと、おわり? ちゃんと数えられた?」
 
 やられた。社長の姿は、きれいに消え失せていた。おそらく、何かの術で声を変えた少年と、いつの間にか入れ替わっていたのだろう。得意の怪しげな召喚術だ。昨日あれだけ使っておいて、まだ手が残っていたとは。
 不幸中の幸いは、発見が町に入る前であったことだ。町の往来で箱詰めの少年を発見されようものなら、今度はリカルドが、不審者の烙印を押されて袋叩きに遭ったことだろう。あの男は、そこまで考えてこの手を選んだのか。あの悪魔。ヤツがどこかで笑っていると思うと、悔しさと苛立ちが収まらない。
 
「ね、おにいちゃん……怒ってる?」
 
 しまった、すっかり忘れていた。見ると、怒りに沈むリカルドを見て、少年が怯えていた。
 
「いいや、えらいよ。ちゃんとお仕事できてた。だから、もうお家に帰らなくちゃ。お家の場所、わかる?」
 
 できる限り優しく問いかけると、少年の顔がぱあっと晴れた。はたして、少年が得意げに答えた町の名は、この「運搬作業」の出発地点で。フリダシに戻る。脳裏に浮かぶそんな言葉に、リカルドは泣きたくなった。
 
 
 
 
 
 
「バッカだなぁリカちゃん。マジシャンからタネを奪わないなんて。『とっておき』ってのは、最後まで隠しておくもんだぜ」
 
 3枚の紙を手に、悪魔はにやりと笑う。そして、はて、と首を傾げた。
 
「でも、なんで俺の荷物、取らなかったんだ? リカちゃんって案外、天然?」
 
 少しの疑問を残して、悪魔は闇へと消えていった。
 
 
 

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